The Flipper’s Guitar
“Three Cheers for Our Side”
(海へ行くつもりじゃなかった)
1989

発表されたときにはほとんど売れなかったファースト・アルバム。
ただ、現在では「ヘッド博士の世界塔」とともに、最高傑作に推す人も多い。
フリッパーズ・ファンで、一番売れた「カメラ・トーク」を最高傑作とする人はそれほど多くはないはず(もちろん、とてもいいアルバムだけれど)。
当時は小山田圭吾(当時は圭悟だっけ)と小沢健二以外に、吉田秀作、荒川康伸、井上由紀子という人たちがいたけれど、このアルバム発表後に、三人は脱退している。
したがって、現在フリッパーズ・ギターとして知られている小山田圭吾、小沢健二のデュオになったのは、シングル “Friends Again” 以降。

このアルバムの魅力は、なんと言っても全編に流れるさわやかで勢いのあるネオアコ・サウンド、そして「10代」、あるいはイノセンスの時代の終わりを歌った歌詞とサウンドだろう。
ブライアン・ウィルソンは、「イノセンスの喪失」を嘆き、それを恐れてアルバム「ペット・サウンズ」を作り上げた。
その中の曲「神のみぞ知る(God Only Knows)」のイントロが、フリッパーズのサード・アルバム「ヘッド博士の世界塔」では大胆不敵にサンプリングされている。
その事実は、「ヘッド博士」をより意味深なものに、そしてこのアルバムと対照させて見せる。
ブライアンがそんなにも恐れていた「イノセンスの喪失」を、フリッパーズはなぜそんなにも簡単に受け入れたのか。

     やがて鐘が鳴り、痛みのある韻詩を運んでくる
     ぼくはよろこんでぼくらのユースの終わりを知るだろう

              Flipper’s Guitar “The Chime Will Ring”

たぶん、彼らは「イノセンス」を失ったところからしか、音楽を始められなかったのだろう。
その結果が、この美しくも哀しいファースト・アルバムなのだと思う。

1・Hello/いとこの来る日曜日

ゆっくりしたイントロから、急に速いドラムが入って勢いよく曲が始まる。
そこがとても好き。
なんかアメリカのホームドラマかなにかを思わせる歌詞。
アルバム全体だと、そんなに印象深い曲ではないけれど、やはり始めの曲らしい雰囲気があります(なんのこっちゃ)。

2・Boys Fire the Tricot/ボーイズ、トリコに火を放つ

出だしのゆっくり歌うところが下手すぎる。外しまくり。
曲調はもろアズテック・カメラの “Walk out to Winter”。
小山田圭吾が、甘い、鼻にかかった声でせいいっぱい歌ってるところが泣かせます。
他の代表曲に混じって、なぜかライブ・アルバム “On Pleasure Bent” にセレクトされています。なんで?

3・Joyride/すてきなジョイライド

パーフリ・ファンの間では人気の高い作品。
最初はなんだかくぐもったような声にボーカルがミックスされていて、 聞き取りにくいなあ(ただでも発音悪いのに。このアルバムでの小山田圭吾の英語の発音の悪さは特筆もの)と思うと、途中からミックスが変わり、ボーカルが前面に出てきます。その瞬間が大好き。
オザケンや小山田圭吾は宇宙がらみのものが好きなのかな? 歌詞にそういうのがよく出てくる気がしますが。
この曲のPVはいいです。ジェリービーンをちりばめたりして、このアルバムのイメージにぴったりな、ポップな感じ。

4・Coffee-Milk Crazy/コーヒーミルク・クレイジー

これもかなり人気の高い曲。3~4がこのアルバムの第一のハイライトでしょう。
近ごろのカフェ・ブームの中でまた人気の出そうな曲だな、と思っていたら、 案の定カジヒデキ氏がコンピ・アルバム “From Cafe Scandinavia with Love” でインストでカバー。
かなりゆるく、さわやかな曲。ボサノバ研究会にいるぼくの友人もカバーしたらしいです。
この曲とかを聴いておしゃれなバンドと思われちゃ本人たちはかなわないだろうけれど、 でもやっぱりしゃれてますね、この曲は。

5・My Red Shoes Story/僕のレッド・シューズ物語

ペイル・ファウンテンズにかなり似た曲があります。
曲のアレンジは、たぶんフェルト(というバンドです)っぽい雰囲気を出してるんでしょう。オルガンとか。
アルバムの中ではわりと印象薄い曲かもしれない。
普通にいい曲です。他にあまりいうことがない…。この曲が好きな人、ごめんなさい。

6・Exotic Lollipop (and Other Red Roses)/奇妙なロリポップ

副題は、ルイ・フィリップの “Red Roses and Red Noses” より。
フリッパーズの、「フリッパーズ・ギター」という名前になる前のバンド名は「ロリポップ・ソニック」というのですが、 歌詞にもよく「ロリポップ」って出てくるし、どこがそんなに好きなんでしょう。ただのお菓子じゃん。 なんでそこまでこだわるのか、ようわからん。
この曲が発展すると、名曲「午前三時のオプ」になりそう。

7・Happy Like a Honeybee/ピクニックには早すぎる

フェルトやペイル・ファウンテンズをやや思わせる曲調。
明るくて、勢いのある曲で、ぼくが大好きな曲。なぜかそんなには人気ないみたいですが。
このアルバムで唯一シングルになった(ただしB面)。
こんな抜け出し願望って、子供のころだれにでもありませんでした?
こういう、人の「あるある!」ってところを突いてくるのが、オザケンは実に上手い。
小山田圭吾の作曲。作曲はどちらかというとオザケンよりも小山田圭吾のほうが好きですね、ぼくは。
この曲のPVはめっちゃさわやか。疾走感あふれてポップな、いかにもネオアコという感じのこの曲の雰囲気がよく出ています。
小沢健二はグレッチ・テネシアン、小山田圭吾はクラシック・ギターを演奏。

8・Samba Parade/サンバ・パレードの華麗な噂が

黒人音楽やファンク、ラテンに意外と(?)影響を受けているネオアコですが、 この曲もそんなネオアコの出所を示唆してくれる曲です。
しかし、この曲調で小山田圭吾の声じゃなあ…。ちょっと(というかかなり)合わないのでは?
なぜか最後テンポダウンして終わります。

9・Sending to Your Heart/恋してるとか好きだとか

この「恋してるとか好きだとか」~「パステルズ・バッヂ」~「やがて鐘が鳴る」、そして一気に「レッド・フラッグ」に流れ込む部分が、間違いなくアルバムのハイライト。
まずはいきなりアズテック・カメラの “Pillar to Post” のイントロの引用から始まる “Sending to Your Heart”。
曲調もわりと似てます。おまけに “Everything is, Everything is, Everything is, Everything is fine !” ていうリフレインのとこは “The Boy Wonders” のマネだし。
パクリすぎ!!
ここからさわやかかつ勢いがあり哀しくもある、アルバムのハイライト部分が始まります。

10・Goodbye, Our Pastels Badges/さようならパステルズ・バッヂ

このアルバムを代表する作品のひとつ。
前の曲から、Roger Nochols and the Small Circle of Friends の”Love So Fine” を思わせるドラムソロでつながれ、 一気にこの曲に流れ込んでゆく瞬間は、いつ聴いても鳥肌が立つ。
この曲や前の曲のキーボードの音処理を聴くと、もろにアズテック・カメラ風だったりして、笑えたり、感心したり。
PVでは、フリッパーズが丸の内線(赤い車両が年代を感じさせておもしろい)の中で演奏(違法)。
小沢氏はグレッチ・テネシアン、小山田氏はクラシック・ギターを演奏(しているふり)。
歌詞は、まさにいろいろなところからの引用の嵐。わかる人はにやけっぱなしの内容。
でも、たとえ引用の洪水だろうがなんだろうが、この曲のサビの歌詞にはとても心打たれる。

  Take, take off the badges from our anoraks
  Put, put them into the drawers
  and we swear we’ll never forget that feeling
  so goodbye, goodbye…

11・The Chime Will Ring/やがて鐘が鳴る

前の曲がフェードアウトした後に、静かに、しかしなにかとても期待感を持たせるように始まる、アコギをかき鳴らす音。
この曲の歌詞は、フリッパーズのなかで最高傑作と言ってもけっして過言ではないと思う。
曲もとても勢いがあるのに、なぜか哀しく、震えるように美しい。
小山田圭吾の歌は決して上手いとは思わないけれど、彼の甘く澄んだ歌声でなければ、この曲や「パステルズ・バッヂ」の魅力はだいぶ減ってしまうだろう。
逆に、彼の(青臭い、と言ってもいいかもしれない)歌声はこの曲を何倍も魅力あるものにしている。
そして、オザケンの手になる歌詞も…。

  The chime will ring to bring
  the rhyme that is a sting to sing
  I’ll gradly realise it’s the end of our youth
  those golden words well-tried
  I wonder why my tongue is tied
  I don’t care if you call it prayer or fate

12・Red Flag on the Gondola/レッド・フラッグ

たぶん多くの人が聴いたことあるだろう、「もみの木」のカバーです。
ただし歌詞が違います。この歌詞のバージョンは、確か共産主義がどうとかこうとかいう解釈をされていた歌詞の気がします。
この歌詞のバージョンを選ぶとは、さすがはオザケン!という感じがします。
「やがて鐘が鳴る」で盛り上がり、哀しくなったあとには、この曲でしみじみと、”the end of our youth” をかみしめましょう。

— フリッパーズ・ギター “海へ行くつもりじゃなかった”

・人気マンガ家が描いている「週刊マンガ日本史」がいいな。今売りの、藤原カムイの雪舟は良かった。マンガ家の卵や学生は、もっと古典原作でマンガを描かせないとダメだと思うけどね。特に学生は。教養も身につくし。若い時からオリジナルや自由課題にこだわると、あとでダメになる。最後は絵だけがうまい小手先だけのイラストレーターになる。古典原作を徹底的に描かせるだけで、描いているうちに、原作のどこに力を入れるかとか、本人の個性が次第に出てくる。「守破離」の守の段階だ。ようやく個性を見つけたら、そこから徐々に古典を離れて、個性を維持しつつオリジナルへ移動するればいい。マンガ教育している人は、そういう教育はできているだろうか。技術習得と古典を読めばっかりで、模倣はさせていないかも。初期段階に重要なのは模倣だ。オリジナルや自由を掲げるなら、梅原猛さんのような覚悟はしてほしい。
梅原猛は大器晩成型で、40過ぎまで単著はなかった。自ら著作集の自序に於いて語るところによれば、これは「処女作というものは頭の先からしっぽまでもすべて独創的であるべきだ」という自己の信念のためであったという。
そう簡単に、オリジナルに挑んでもらうと困る。まだ教養もほとんどついていない状態で、若い頃にオリジナルでデビューして、下手にちやほやされると、その教養のなさからあとで伸び悩む。教養のないものは、時代の変化とともに淘汰される。40前になって自分の作品は、普遍的でもなく時代のファッションみたいなものだったことに嘆く。
江戸の文学作品を翻訳して感じますことは、はたしてこの作品に普遍性があるだろうか、ということですね。江戸の作品でいちばん普遍性があるものは、芭蕉でしょう。江戸時代の文学は、やっぱり男性が書いた文学だったということです。男性は、周囲、つまり政治的あるいは社会的な問題とか、儒教的な問題を考慮し、それだけまた周囲に左右されて、結果として、現代もう通じないような考え方、場合によっては、現代もうわからなくなっている現象的なことをたくさん書きやすい。平安朝の文学の多くの傑作は、女性によって書かれましたね。そして男性の書いたものよりも、女性によって書かれたもののほうが普遍性があると、私は思うのです。平安朝の宮殿のなかに住んでいた女性は、ほとんど外の世界をしらなかった。だから内面的であり、本質的なことを書いた。(日本人と日本文化 司馬遼太郎・ドナルド・キーン)
そういうことにならないように若手作家を長い目で焦らず育てて欲しい。外の情報ばかり気にしていると、世の中の虚言に惑わされる。ゆとり世代とかさとり世代とか草食だとか肉食だとか。こういう話は聞かず、できるだけ外の世界は見ず、古典、哲学、人類学などを勉強して人間の普遍性を学んで欲しい。ホモ・サピエンス・サピエンスである限り、原始時代から今まで人間の内面は変わっていません。カニバリズムもそうだし。アーティストも同じだけど、つまらない流行的な作品は作らないように(売れるだろうけどね)。

— Nomad20xx.tv

宿題


すぐにしなければいけなかったのに
あそびほうけてときだけがこんなにたってしまって
いまならたやすくできてあしたのあさには
はいできましたとさしだすことができるのに
せんせいはせんねんとしおいてなくなってしまわれて
もうわたくしのしゅくだいをみてはくださらない
わかきひに ただいちど
あそんでいるわたくしのあたまにてをおいて
げんきがいいなとほほえんでくださったばっかりに
わたくしはいっしょうをゆめのようにすごしてしまった

— 辻征夫

くらし

食わずには生きてゆけない
メシを
野菜を
肉を
空気を
光を
水を
親を
きょうだいを
師を
金もこころも
食わずには生きてこれなかった

ふくれた腹をかかえ
口をぬぐえば
台所にちらばつている
にんじんのしっぽ
鳥の骨
父のはらわた

四十の日暮れ
私の目にはじめてあふれる獣の涙

— 石垣りん

I was born


 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。
僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱり I was born なんだね――
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。 僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体――。

註 終りから11行目、〈淋しい 光りの粒々だったね〉は、「幻・方法」に再録のとき、〈つめたい光りの粒々だったね〉に改めました。

— I was born/吉野弘

今の自分が絶対じゃないわ。後で間違いに気づき、後悔する。
私はその繰り返しだった……。ぬか喜びと自己嫌悪を重ねるだけ。
でも、そのたびに前に進めた気がする。

— 葛城ミサト

内容については私の譚に尽きよう。これまた77の黒髪の目と掌にあたへる感覚に対して、香に集約した官能美の極致である。この「契り」の濃厚さは、万一調べの高雅さに支へられなかったら、あやふく黄表紙、洒落本の好色に傾きかねぬ。「移り香の身にしむばかりちぎるとて」とはまさに感嘆にあたひする表現であり、まことのエロティシスムとはこのやうなものであらう。この言葉の省略の果てに匂ひたつ微光をおびた悦楽に、私はほとんど眩暈を覚える。眩暈とは、言葉がこれほどまでに隈もなく愛欲の翳を照らし出し、しかもすがすがしくあり得ることへの戦慄をも指す。好色文学の媚態嬌態の百行もこの上三句にはつひに及ばない。

— 塚本邦雄「定家百首」より・「移り香の身にしむばかりちぎるとてあふぎの風のゆくへ尋ねむ」・ところどころ新かな使いに改めざるを得なかった部分あり

出奔せし夫が住むといふ四国目とづれば不思議に美しき島よ

— 中城ふみ子 乳房喪失

思ひ出は孔雀の羽とうちひらき飽くなき貪婪(たんらん)の島にかへらむ

— 前川佐美雄

ぼくらは 高原から
ぼくらの夏へ帰って来たが
死は こののちにも
ぼくらをおもい
つづけるだろう
ぼくらは 風に
自由だったが
儀式はこののちにも
ぼくらにまとい
つづけるだろう
忘れてはいけないのだ
どこかで ぼくらが
厳粛だったことを
あかるい儀式の窓では
樹木が 風に
もだえており
街路で そのとき犬が
打たれていた
古い巨きな
時計台の下までも
風は 未来へ
聞くものだ!
ぼくらは にぎやかに
街路をまがり
黒い未来へ
唐突に匂って行く

— 石原吉郎「風と結婚式」