内容については私の譚に尽きよう。これまた77の黒髪の目と掌にあたへる感覚に対して、香に集約した官能美の極致である。この「契り」の濃厚さは、万一調べの高雅さに支へられなかったら、あやふく黄表紙、洒落本の好色に傾きかねぬ。「移り香の身にしむばかりちぎるとて」とはまさに感嘆にあたひする表現であり、まことのエロティシスムとはこのやうなものであらう。この言葉の省略の果てに匂ひたつ微光をおびた悦楽に、私はほとんど眩暈を覚える。眩暈とは、言葉がこれほどまでに隈もなく愛欲の翳を照らし出し、しかもすがすがしくあり得ることへの戦慄をも指す。好色文学の媚態嬌態の百行もこの上三句にはつひに及ばない。

— 塚本邦雄「定家百首」より・「移り香の身にしむばかりちぎるとてあふぎの風のゆくへ尋ねむ」・ところどころ新かな使いに改めざるを得なかった部分あり